mosoyora_nanka_itteru

ドアの開いた部屋で独り言をしている。

全年5月12日の投稿[12件]

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■『バッタを倒しにアフリカへ』をようやく読み終えたわね
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1217
ヨーロッパ企画の上田誠さんという方だった
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なんかあれだなーカテゴリ:感想 つくってもいいかも
てがろぐに手を入れられなくなってひさしいけどね……!願望はある!
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■映画スーパーマリオブラザーズ、吹き替えを観たんですが、スタッフロール最後に出てくる翻訳に関係したひとたち、
ふつうの映画だと担当者の名前がひとつふたつ出る程度だけど、この映画は「翻訳担当」「脚本担当」「監修:任天堂」みたいなかんじで10人ぶんくらい名前並んでてすごかった。
脚本のひとのところになんかけっこう有名な劇団の名前(どこかは……ど忘れした……!私がわかるくらいには有名なところ……!!)の名前があって、たしかに舞台っぽいせりふまわしとか笑いの取り方ふんわりと感じたな。

そんで調べてたら、なんかもう最初から日本語版は日本語版としていちから脚本をつくってるというようなニュースもあった
翻訳っぽい言い回しだと感じるところもあったので完全日本語脚本というわけでもないのかなーという気もするけど、日本語脚本!!で力いれてるのはすごくかんじたので、よかったなーとおもった。
英語版もすこし気になるね~けっこう会話の内容じたい変わってたりするのかな?
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■映画スーパーマリオブラザーズ

「マリオとルイージは現実現代アメリカにおり、キノコ王国はファンタジー異世界にあたる」「親や職場のボスにナメられている」という映画での設定、
もともと配管工だということとの整合性かな?と思ったんだけど、
それとは別に原作をほんとに知らない人向けの気持ち的な導線にあたるのかな~とか考えてた
キノコ王国だけで全ストーリーが展開しちゃうと初見のひとには意味不明だろうし、「なしくずしに離れ離れになったルイージを助ける」という事後対応なモチベーションだけでなく、もっとマリオ本人の人生にとって意味のある勝利を置くときに、侮りを受けているという設定があることで、騒動に対処する姿に皆が一目おき、呪いがとけるようにハッピーエンドをむかえる。
ゲームだと、クッパたおしてピーチたすけてハッピーエンドです!エンディング!でいいかんじなんだけど、映画ではそこでお約束のハッピーエンドにするには原作しらないひとにもういっこ着地点が必要だったのかな~…みたいなことをかんがえた。畳む
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■あそうだ~映画スーパーマリオブラザーズ

マリオ曲のアレンジはもちろんだけど、80年代後半のポップスとかオペラ曲たくさん使ってるのなんかおもしろかったな~意図はあんまりわからないがなんかをやろうとしているな…と感じるおもしろさ
あとはドンキーが出てくるところでしっかりドンキーシリーズの曲が出たのもうれしかった。いまや1シリーズの主役ってかんじであることと元々マリオファミリーなことが両方生きてる!畳む
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私は身震いしたらしかった
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#エルデンリング
こないだ会ったときはタメ語だったひとと久々会ったらmasterと呼ばれたとき、魯迅の気持ちになる
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コーヒー用温度計ほしいかも…
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精神病・精神病院という表現には自分から言おうとするにも何かで目にするにも反射的に怯むものがあるが、それがどこで培われたものか具体的な作品名とかでの例はちょっと出てこない。
舞姫とかドグラマグラとかがスーと思い浮かぶけど、もうちょい口語的というか日常会話的なものの中でばくぜんと刷り込みのあった気がするし、
でも「黄色い救急車」みたいな表現を上の世代の人がしたときに「うわぁそんな言い方するの?オエ~」みたいな、その言い方に対する嫌悪感を抱いたのがわりと小さい頃だったような気もする…
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「精神病院」という語、表現が負ったわるいイメージ(檻のついた病院…)というのは、
そういうイメージのつよかったころ書かれた文章・物語が保存されて読まれる限りわるいイメージのまま保存されてゆくのかなーと考えるコトがあります。